他人の目は自分の目!? 貴方がモヤっとした事は何ですか?〜自身のシャドウに気づくヒント〜
相手は、私の事実を教えてくれる鏡。
世界は、私の本性を見せてくれるスクリーン。
今思いついた言葉ですが(笑
私たちが感じている相対的な感覚は、自我特有の認知エラーだと言え、私たちは事実をそのまま認知することが出来ないのだと言えます。
しかしこの厄介な自我という機構の仕組みを見抜くと、世界をまるで遊園地の様に感じることだって出来るのです。
貴方がモヤっとした事、イラっとした事は何ですか?

最近、誰かの言葉に対してモヤっとしたことや、イラっとしたことはありませんか?
ふいに見かけたSNSの投稿で、別に自分に当てられた投稿ではないはずなのに、むむむっ!と、心が反応したことはありませんか?
例えば、ある人がSNSに「今日は子供たちと一緒にディズニーランドに来ました!」という投稿を上げたとします。
楽しそうに笑う子供たちと投稿者が写った画像。
おそらく投稿した本人は、純粋に子供と楽しんでいる喜びを、誰か(特定の誰かではない)に単に伝えたかっただけなのでしょう。
しかし、そうした投稿を見て「なんだかモヤっとする」という人も少なくありません。
では、特定個人に対して当てられた投稿ではないはずのに、なぜ貴方はその時モヤっとしたのでしょうか?
この「モヤっとする瞬間」こそ、自分の中に隠れているシャドウが反応しているのです。
こうした投稿にモヤっとする方は、もしかしたら、本当は自分も子供と楽しく遊びに行きたかったけど、離婚で親権を相手に取られて、子供との楽しい体験が叶わなかった人かもしれません。
あるいは、子供にディズニーランドに連れてってほしいとせがまれていたのに、様々な事情によってそれが叶わなかった人かもしれません。
もちろん、こうした状況に置かれていても、「モヤっと」しない方もいます。
そんな方は、自分の中ので「子供とディズニーランドに行けなかった」という事実を自分で解決できている状況であると言えます。
これはスピ的に言えば、カルマを昇華できている状態と例えることが出来ます。
自分の中の未解決項目(シャドウ)は、相手が教えてくれる様になっている
簡単に言うと、この世界は自分が解決できていない様々な葛藤や悩み、心の奥底に隠れているトラウマなど、自分の中で未解決のまま残っている心の影の部分(シャドウ)を、相手が教えてくれる様な仕組みになっているのです。
たまたま見かけただけのSNSの誰かの投稿や、テレビで何処ぞのコメンテーターが話していた内容、はたまた仲の良い友人が何気なく発した言葉 etc..
ふと反応してしまったその「ワード」が、貴方の心の未処理項目であると言えます。
私自身がよく感じることとして・・・
私がとある言葉を投げかけると「今の私にドンピシャの内容でした!」と、特定の誰かに向けて発せられた言葉ではないはずなのに、受け取る側は「私のためにこの言葉を伝えてくれたのだ!」と解釈する場合が多々あります。
これは、その人のシャドウにメッセージがたまたま刺さった現象です。
自分でも無自覚のうちに、誰かの言葉が自分の内面にある未解決項目に自動反応しているのです。
「自分が苦手な相手ほど、その相手のことを仏様だと思いましょう」
こんな言葉が精神論ではよく語られますが、これは、気づきとシャドウの関係性を伝えるためのメッセージだと言えます。
もしも貴方が、誰かの言葉で心がモヤっと反応したならば・・・
●モヤっとした
→もう少しで解決できるが、まだ完全に自分の中で解決できていないシャドウがあるのではないか?
●イラっとした、怒りが湧いた
→根深いシャドウが隠れているのではないか?
と、自己分析することをおすすめします。
貴方の感じている貴方の心の動きは、すべて自身の観念の裏返しであり、無自覚のうちに条件付けられた反応をする様になっています。
私たちはついつい人の目や人の意見を気にして、「自分は他人からどう思われているのだろう?」と考えてしまいがちです。
しかし、貴方が考える「他人は自分のことをきっとこう思っているだろう」という予想は、貴方自身の頭の中のみで起きている事件であることが多く、実際は自作自演の思い込みである場合がほとんどです。
つまり、他人の目とは自分自身の目線であり、自分の思い込み(観念体系)なのです。
このメカニズムを見抜き、達観した視座で自己観察するだけで、人生はかなりスムーズに改善される様になっていきます🎵
相手は、私の事実を教えてくれる鏡。
世界は、私の本性を見せてくれるスクリーン。
続く・・・