なぜ心理カウンセラーは本人が病んでいることが多いのか?〜共鳴と同調のメカニズム〜

「私、スピリチュアルが好きなんです!」と言うと〜

多くの方は「この人ヤバい!?」「病んでる?!」と捉える様です。

「私、心理学やカウンセリングの勉強をしている!」と言っても〜

「え?大丈夫」と、腫れ物を見る様に接してきます(笑

しかしこういった反応はある意味当然であり、人間は精神状態が健全であれば、スピリチュアルやノンデュアリティにハマることも、心理学や哲学にハマることもありません。

特に、スピや非二元に興味を持つ人は、そのキッカケが自分が病んでいたという経験を持っているからなのです。

これは、経験者である私が言うので間違いありません(笑

心理カウンセリングは、ミイラ取りがミイラになる危険がある

アメリカで働く精神科医は、健常者の何倍もうつ病にかかっている人が多いという記事を以前読んだ事があります。

これは精神科医だけでなく、心理カウンセラーや、ヒーラーと呼ばれる職業の方にも当てはまる事だと私は思います。

実際、カウンセリングを行う方が、心を病む確率は高いのです。

もう少し正確に言うならば、カウンセラーが心を病みやすいのではなく、病んでいるからこそカウンセリングという職業が継続できるとも言えるのです。

これは、「患者の悪い波動を自分が受け取ってしまうから」と言ったスピ的な解釈も一理あります。

では、患者の悪い波動を受け取るのは何故なのか?というと、カウンセラー自身がそう言った波動であるからなのです。

これがスピリチュアリティの界隈でよく言われている波長共鳴という現象であり、私たちの肉体精神機構は、電波を受信するラジオと似た様な原理であり、自分の発する周波数と共鳴する周波数を引き寄せます。

「困っている人を助けたい!」
「他人に親切にしたい!」
「人々に愛を与えたい!」

こう考える方が、スピリチュアル界隈には多いことでしょう。

この様な利他的精神は確かに素晴らしいことの様に思えますし、道徳的に見ても社会的に評価されます。

しかし、この感覚は本当に貴方の心の奥底からのメッセージなのでしょうか?

人助けをしたいと願う人には、助けられたい人が集まる

「人助けをしましょう!」と言った利他的なメッセージが良いことだとされる論調は、精神世界を深く学ぶことで、これも段階的な方便であることが解ってきます。

簡単な話、「人助けをしたい」と願う人の周りには、「助けられたい人」が集まると言えます。

これも波長共鳴であり、宇宙はとても良くできた需要と供給のシステムの様に動いています。

「人助けをしたい!」と、本人は愛情たっぷりのマインドであるからこそ、困ってネガティブになっている人を引き寄せるのです。

宇宙は、人間が作るどんなマッチングシステムよりも正確に、貴方の波長にぴったり合った人間を貴方に引き合わせるマッチングシステムです(笑

つまり、自分の動機付けや目的は、相対する「相手」という対象によって、その本当の意味が露わにされます。

「同情する」とは、「同じ情態(心のあり様)になることを望む」という事です。

「みんなに愛を与えたい!」なんて言っている人は、本当は、本人が愛を欲しがっているのです。

自分が愛を見失っているからこそ、相手に愛を求めているのだと言えます。

だから、同じ様に、愛を欲しがる人を引き寄せるのです。

救う人も、救われる人もいません

釈迦は衆生を救おうとしていなかった。

これは、以前にもお伝えした話ですが・・・

「誰かを癒したい!」と強く願うヒーラーも、本当は自分が癒されたいのです。

本当に愛に溢れた人は、誰かに愛を与えたいとも受け取りたいとも思いません。

愛である人は、自我が無力だと知っています。

こんな人は、自分で何かをしようとか、人を助けようとかは考えません。

自分が既に「愛で在る」ので、その波動が光となって勝手に拡散し、周りの人たちが自動的に癒されるのです(笑

そもそも「与える・受け取る」と言った感覚は、それ自体が分裂した思考であり自我の作用です。

思考であり自我だと言うことは、それが愛であることは絶対に無いと言うのは、先述したとおりです。

よって、本当に有能なヒーラーは、表面的には「貴方を癒したい」とは言うでしょうが、本心はそんな事は思っていないものです。

何故なら本当は、「助ける側」も「助けられる側」も、存在していないと知っているからです。

カウンセラーは愚痴を聞いてくれるスナックのママではない

カウンセラーにしてもヒーラーにしても、有能な方は相互依存になることを避けます。

よってそんな方は、癒しを強く求める被験者から見ると、ある意味厳しくも見えますし、サイコパス的にも写ったりします。

何故なら、ベッタリと寄り添ってくれないからです。

共感をしてくれないからです。

話は聞いてくれるでしょうが、具体的な方法論を伝えることは少なく、状況をどの様に解釈するか?という高い視座を提供してくれます。

問題を解決しようとするのではなく、問題という概念を解体する手助けをします。

これが本当に有能なカウンセラーです。

寄り添う、という行為は確かに癒しではありますが、しかしそれは、極端にエネルギー不足であったり、愛からかけ離れてしまっている方に対してのみ有効な対処療法だと言えます。

車だってガソリンがまったく入っていなかったら1ミリも動けませんからね(笑

ガス欠の方には、まずはエネルギー補給が必要です。

カウンセリング、ヒーリング、占い師 etc…

もしもこういった仕事をしようとしているのならば、心理学やスピリチュアリティだけでなく、哲学、社会学、非二元など様々な考え方を持ち合わせていないと、単に悩み相談を受ける共依存になってしまう可能性があります。

本来、カウンセラーにしてもヒーラーにしても、客の愚痴を聞いて一緒に文句を言ったり、一緒に悲しんでくれるスナックのママではないのです。

続く・・・

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3件のコメント

  1. そうですね。昔カウンセリングの授業を取っていた時に、そんな職業を目指す人は自らが病んでいるものだというのが一般的な理解だったように思います。他人の心の問題を真剣に聞けるような人はそれなりの経験があるはずだと思ってしまいますよね。
    おっしゃるように、この頃では、心理療法家が患者を治すのではなく、患者が勝手に治っていくのだと思うようになりました。でも、その出会いが無駄なわけではなく、それが患者にとって意味があるからこそ、変化が起こっていくんですよね。それは一人の人間がもう一人の人間を治すというよりは、宇宙がその出会いを造ったという気がします。そこで癒しが起こるかどうかは本人次第ですよね。
    今日初めて他の方のコメントを拝見したので、改めて自分のコメントも見られるのかと思いました。今更ですけど、名前を変えますね。

    1. はいぃ(●´ω`●)ノ⭐️
      まさにおっしゃる通りですね🌈
      名前変更了解です🐻

  2. 以前に動画のコメントでも名前を変えました。実はソーシャルメディアをよく分かっていないので、どこまで情報が大衆の目に触れるのか把握しきれてません。本名を出すのはまずいかのかもしれませんよね。でも、ノリさんにはこちらが誰なのか分かってほしい気もします。名前はどうでもいいんですけど, こちらの意識の変化に気付いてほしいというか、毎回こちらのことを全部説明しなくていいからというか、、、
    自分のことですみません。

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