正解がない時代に大切になる、正解を決める力〜洗脳から解放された後どうするか?〜

昭和の時代は、日本人が持つ「和をもって尊しとなす」的な精神性や、その裏に隠れた同調圧力という不可視の監視システム(笑)によって、わたしたちは生きるうえでの正解を探す必要はありませんでした。

例えば、現在40代〜60代の方なら、子供の頃にこんなイメージを持ち抱えていたのではないでしょうか?

学校に行ったら先生の言う事を聞いて大人しく席に座り、将来のために勉強することが大事だ。

よい高校に進学し、よい大学に進学し、良い会社(例えば大企業や公務員)に就職し、社会のお役に立つことが、すなわち幸せな人生だ。

そのために今を我慢し、沢山お金を稼げる人間になること、社会のお役に立てる人間になることが必須。

適齢期になったら配偶者をもらい結婚し、一戸建てを35年ローンで建ててローン返済のために定年まで働きつづ続ける。

子供をもうけることが自分の遺伝子を継承させることであり、これは人生において義務であり、この達成ができないものは社会的に負け組である。

よって負け組にならないために、学生時代から相手と競争し勝つことが正義でり、将来のため(老後のため)に、今を我慢し戦い続けることが、いづれ幸せを達成するまでのプロセスだ。

これが人生の幸せの完成形であり、幸せな人というのはこういう人生を送るんだ!というスローガンを暗黙のもとに抱えさせられていたために、私の様な昭和の人間は、正解探しをする必要はなかったのです(笑

正解は最初から存在していなかった

私のブログや動画を普段から見てくださる方ならもうお気づきかと思いますが、そもそも、人生の正解など最初から存在していなかったのだと言えます。

そして近年になり、やっとこのことに気づく方が増えてきました。

それが顕在化したのが、多様性(ダイバシティ)という価値観であり、「皆んな違って皆んな良い」といういかにも日本らしい価値観体系は、またたくまに一般化しました。

しかし、多くの方が既に違和感を感じている通り、日本人がスローガンのように叫ぶ「皆んな違って皆んな良い」という価値観体系は、かなり歪んでいます。

表向きは多様性を叫びつつも、その裏には同調圧力という監視システムが常に働いていて、自分と違う価値観体系の人や集団を排除するように無言に働きかけます。

スピ系の人が好きな調和や共生というワードも、これを本当に実現している人は少なく、多くは「見て見ぬふり」で、異質な物にかかわらないようにします。

この様に、本当は多様性ってそんなに簡単ではなく、必ず問題を抱えるようになっていますし、その問題解決には、かなり高度に統合された情報処理能力が必要になると言えます。

生きるための正解はないと皆が知った時代。

しかし、何をして良いのかわからない。

結局自分で決められないから、声の大きい政治家やインフルエンサーの言葉にしがみつく。

本当は正解など存在しないと解っていながらも、自由に生きられないジレンマ。

これが今の日本における、特にZ世代〜が抱える何とも言えない居心地の悪さなのではないか?なんて私は想像しています。

多様性を認めるということは、結局のところ、自分で正解を決める力も同時に必要になるということなのです。

自身の哲学や観念をちゃんと整理できて、自分自身で生き方を決められる勇気はもちろんのこと、激動の時代において、考え方や選択を変更できる柔軟性、フットワークの軽さが、新時代をより楽しく生きるために必要になってくるポイントだとわたしは思います。

自由とは自分で決める力〜洗脳から解けた後どうするか?〜

「やりたいことがある」

このモチベーションがあることは幸いだと言えます。

なぜなら、あとはただそれをやればいいからです(笑

これからは、そんな時代です。

そこに損得の計算を入れるのは、あまり意味をなさなくなります。

しかしこれまでの時代は、なかなかそうは行きませんでした。

社会の目、組織のしがらみ、常識という宗教にも似た戒律・・・

これらが生きる正解を提示してきた時代でした。

しかしそんな価値観体系もいよいよ目に見える形で崩壊し始め、何もかもが本来は自由だった!と多くの方が気づき始めています。

本来、私たちは何事にも縛られていません。

本当は、何をしても自由なのです。

貴方の自由を制限しているのは何か?

それは、貴方の考え方であり、貴方の思考のパターンでしかありません。

思考パターンは、幼少期よりインプットされてきた外部情報による記憶に基づいており、私たちの多くは、記憶のパターンによって条件付けられた行動を無意識的に取るように洗脳されています。

そして、この洗脳システムに気づく方が今どんどん増えてきているのです。

しかしここで問題になるのが、では、洗脳が解けたあとはどうするか?

自分に首輪が繋がっていないと知った犬は、飼い主のもとを離れて自由に外の世界を探検することが出来ます。

しかしそれにはある程度の勇気がいる。

そんな勇気と決断力が大事になるのが、これからの時代なのです。

続く・・・

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2件のコメント

  1. Z世代です。うちの祖父がまさに子供を作ることが義務だと発言してました。また、「お前が生きれているのは親が苦労して育ててくれたおかげなのに、結婚して子供を作る能力があるのに自らそれをしないということは、自分だけその苦労から逃げるというのか?」とも言ってました。もちろん、独身であれ妻帯子持ちであれ、その人が生きれているのは、その人の親が彼らを産み育ててくれたおかげであることは事実ですが、子供を作るか作らないかは本人の自由であり、「子供を作る能力がある人のうち、子供を作る人は善、子供を作らない人は悪。」とジャッジするのは違うと思います。ましてや仏教の一部の宗派では逆に妻帯を禁止するところもありますからね。「子供を作る能力のある人は子供を作らなければいけない」という義務を掲げないと人類は滅ぶのなら、とっくに人類は滅んでいるはずですが、なぜ滅んでいないかといったら、なんだかんだいって今まで子供を作りたい人が子供を作ってきたからだと思います。ちなみに祖父は戦後生まれで、子供は貴重な労働力であり日本の将来を築く宝という価値観が強かったんだと思います。

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