歴史に事実は存在しない☆教科書の歴史も陰謀論もどちらも幻想物語です

歴史は情報でしかない

皆様は歴史はお好きでしょうか?

わたしは歴史はそれほど詳しくないですし、実のところあまり興味がないというのが本当のところだったりします。

なぜかというと、誰がどんな歴史的史実を語っていたとしても、それもその物語を語る人の「頭の中の物語」でしかないからです。

例えば、教科書に書いてある歴史は事実なのでしょうか?

こう聞かれると、陰謀論が好きな方が真っ先に飛びついて「事実の歴史は学校で教えてくれることとは真逆なんだ!」と、目を輝かせて何処ぞで仕入れた陰謀的歴史ストーリーを語ってくれることでしょう(笑

既にお気づきの通り、歴史とは単に情報です。

大東亜戦争にて日本はアメリカに敗戦しましたが、その時の様子をアメリカサイドから語れば、「野蛮な東洋人を正義の鉄拳でねじ伏せて、彼らも自分自身が戦争犯罪者である事を認めいる・・・」と言った具合の解釈になるでしょう。

逆に日本サイドから語れば、「そもそも石油の輸入を断たれたから仕方なく戦争に突入したわけであり、最初から負け戦だと言うことは解っていた・・・」となるでしょうし、また別の理解としては、「アジア諸国を西洋人から解放するために戦った勇気ある民族が日本人だ」と捉える方もいるでしょう。

歴史とは、どちらか片側の解釈が、情報として残っている状況に過ぎません。

それは多くの場合で戦争に勝った側の都合の良い言い分でありプロパガンダです。

誰がどの様に歴史を語ろうとも、それは特定の個人や団体、この場合は「国」や「西側 VS 東側」と言った、相対的な偏った理解にしかならないのです。

もちろんこれは陰謀論も同じです。

最近では、陰謀論に対して「あの陰謀論は、陰謀を隠すための陰謀だ!」と言った様な、陰謀論をひっくり返そうとする陰謀論まで登場し、SNSは大混乱です(笑

もちろんそうした情報は必ず誰かの意図が入っており、意図的にそういった情報が流されています。

しかし事実としては「戦争があった」という記憶が、私たちの頭の中にあるだけなのです。

記憶とは今を更新し続ける情報の上書きでしかない

先述した通り、時空間は幻想だと言えます。

時間が過去から未来に流れているという私たちが持ち合わせている感覚は、頭の中で個人的に起きている擬似感覚であり、本当は時間という概念は存在しません。

その証拠に、私たちは一度たりとも過去や未来を経験したことがないのです。

貴方が過去を語る時、それをしているのは「今」という瞬間です。

貴方が未来を予想する時も、それをしているのは「今」という瞬間です。

私たちは常に今に居ることにお気づきでしょうか?

私たちは最初から、過去や未来に行ったことなど一度もなく、よくよく考えてみれば私たちは今以外にいたことは一度たりともありません。

記憶についても同じであり、過去に起きたと定義されている情報を「今」貴方は想起しています。

歴史についても同じであり、単に情報を「今」アップデートしているに過ぎないのです。

これはつまり、あらゆる歴史的史実は、多くの人の間で語られる共同幻想であり、集団的な妄想に過ぎないということです。

よって、歴史という情報は、誰かが意図を持ってその都度上書きされる様に操作を行えば、多くの人の頭の中の歴史観は簡単にひっくり返ります。

それをやっているのが為政者であり、陰謀論者であり、声の大きいインフルエンサーです(笑

鎌倉時代に生きていた人たちは、自分が鎌倉時代に生きていたなんて認識はありません。

後から学者が「何年から何年までを鎌倉時代と呼ぼう」と決定し、皆の共通認識とするために情報共有したのです。

全ての歴史がそうであり、すべての陰謀論がそうです。

西側か?東側か?

日本か?日本以外の国か?

リベラルか?保守か?

右か?左か?

この様に二元論的に分裂させて、思想を体系化して名前をつけることによって、情報としてアップデートし続けるのです。

本当は、記憶も歴史もすべて幻想であり、今起きている情報を知覚するお遊びに過ぎません。

こういうことが解ると、社会情勢や歴史に一気に興味がなくなります。

どんな歴史学者が何を語ろうと、それは主観もしくは集団的共同幻想であり、ひろゆき的に言えば「それって貴方の感想ですよね?」とうことになります(笑

よって、記憶も歴史も本当はすべてが幻想だと言えるのです。

一時期、私もこんなこと↓に興味を持ち調べたりもしましたが・・・

今となってはどうでもいいことです(笑

続く・・・

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