マトリックスを抜けるヒント〜あるがまま☆思考の奴隷から解放〜サレンダー
先述したように、私たちの多くは思考の呪縛に囚われており、時空間という檻に閉じ込められている状態だと言えます。
そして、殆どの人間がこの事実に気づいていません。
もし、世界中の人間の半分でもこの事実に気づいたら、その瞬間に戦争は無くなるでしょう。
こういったブログを見てくださる探究者の皆さまは、人間の思考パターンが常に条件付けられており、自分の意志とは関係なく勝手に混乱しているとう事実には気づいているかと思います。
本当は、ここに気づいているだけでも凄いことなのです。
ゲオルギイ・グルジエフは、こういった人間の思考のバグを「人間は自動機械である」と揶揄しました。
と、解っていても自我の吸引力は凄まじく、意識的でないとすぐにまた思考に飲まれてしまいます。
観ているものが自作自演の仮想空間の出来事だとは知っていても、それでも物語に飲まれてしまうのが人間の性であり、これは地球上で肉体を持って生きている以上ある意味仕方がないことです。
では、私たちが時空間マトリックスの虚構を見抜き、そこから抜ける方法はあるのでしょうか?
やれることは何も無い

残念ながら、私達にできることは何もありません。
なぜなら、それを行おうとする貴方という自己性がそもそも錯覚だからです。
何かを行うには、それを可能とする「行う人(主語)」が必要になりますが、主語が無いことに気づいてしまうので、結局は誰かが何かをすることは出来ないということになります。
更に言うと、実は最初から行為を行う「私」や「貴方」は存在していなかったのです。
はじめから、私も貴方も何もしていませんでした。
一見すると、あらゆる現象は原因と結果という法則に従って起きているように見えていましたが、「人間万事塞翁が馬」と言うように、基本的に起きることには何も意味はなかったのです。
原因でもなければ結果でもない、事は、縁によって全自動で結ばれていただけでした。
これを仏教では縁起と言います。
そして、ただ淡々と事象が起きるように見えていたのも錯覚であり、時間が幻想である以上、本当は「起きる」ということも起きてなかったのです(笑
というわけで、マトリックスの虚構を見抜く方法は、「なにもしないこと」です(笑
作為を捨て、宇宙の流れに全託する。(サレンダーする)
逆らわない、解釈しない、判断しない。
しかし、もしも解釈や判断が出てきたら、それに対しても逆らわない(笑
もう宇宙に任せるしかない、お手上げ状態です。
コントロール権を持った行為者は存在せず、最初から私も貴方も、自分の意志を持って何かをしていたわけではなかった!と、認めるしか無いのです。
起きる事全てを受け入れ、赦していく。
努力はいらないが、なかなか出来ない(笑
最後は、「これでいいのだ!」と諦めるしかありません。
絶望的状況が覚醒のトリガーになる理由

目覚め体験をする方、大きな気付きを得る方、パターン的に多いのが、絶望的な経験をしているという方です。
では、なぜ絶望的体験は目覚めのトリガーになるパターンが多いのでしょうか?
それは、「自分にはコントロール権は何一つなかった」と、強制的に気付かされるからです。
そのため禅寺などでは、弟子をあえて窮地に追い込むような修行を進めたりします。
禅の公安で有名な「隻手の声」は、師匠が弟子に向かって、「片手だけで拍手したらどんな音が出る?」と言った、絶対に答えが出ないような問いを投げかけることによって、弟子を絶望させるのです(笑
こういった滅茶苦茶な問いを強制的にぶつけることによって、覚醒のトリガーとなる場合もあるのですね。
そして先程、私たちにはやれることは何も無い、とお伝えしましたが、これは逆に言えば、私たちがこれから人生を生きていくうえで、実は「やるべきことは何も無い」と言うことが解るのです。
最初から誰も何もしていない、だから仮に貴方が仕事で失敗をしたとしても、過去に戻ってやり直したいと考えていたとしても、その失敗や後悔の原因は、貴方の責任ではありません。
この事が解ると、自分に対して不利益な行動を取る人、攻撃的に見える人、裏切りを行うように見える人も・・・
その人達が行為をしているわけではなく、ただそのように事が展開しただけだった!という気づきが得られると思います。
これは聖書で言う「右の頬をぶたれたら左の頬を〜」の逸話に隠された、人間の認知エラーの秘密でもあります。
最初から行為者など居なかったのだから、罪を犯しているように見える人でも許してあげましょう!というメッセージだと受け取ることが出来るのです。
行為という言葉は、サンスクリット語ではカルマと言います。
これもスピリチュアル界隈で誤解が多いことなのですが、カルマは前世で背負った借金を強制的に返済させる様な仕組みのことではありません。
行為(カルマ)に飲まれてしまう自我の機構を見抜くことが、すなわちカルマを超えることになるのです。
十牛図が伝えたこと

十牛図は昔は八牛図だったそうです。(人牛倶忘で終わりだったそうな)
しかし、人牛倶忘で終わってしまうのは片手落ちだ!と誰かが気づきました。
というワケで後々から・・
9「返本還源」 あるがままにあればいい☆
10「入廛垂手」 娑婆に返って皆に話を聞かせましょう♫
というプロセスが追加されたそうです。
十牛図についてはYOUTUBEのメンバー動画で詳しく話している回がありますので、興味のある方は覗いてみてくださいね🌈
→YOUTUBEはこちら
十牛図は「目覚めて終わり」を説いているのではなく、マトリックスから抜ける秘密が解ったら、今度は娑婆に降りて皆に伝える側に回りなさい!という教えなのだと言えます。
この事についてはまた追々と話していこうと思います。
続く・・・
YOUTUBEメンバーシップ動画についてはこちらをどうぞ⭐️
https://www.youtube.com/post/UgkxmTiYXHDfXAyp_tpwDb_uqIJ1ikBRKVpi